ワイヤレスヘッドホンをつくる その6 ワイヤレスの話

 ヘッドホンとスピーカーでの聞こえ方の違いの調整についてはPCのオーディオ ドライバーで行うことにして、ワイヤレス化を実現する上で最も基本になるワイヤレス技術のことについて少しお話したいと思います。

 PCオーディオ用のワイヤレスヘッドホンをつくろうと決めたのは2001年頃で、まずは量産レベルで利用できる技術やデバイスを探す必要があります。当時から赤外線通信を利用したワイヤレス(コードレス)のヘッドホンは市販されていました。しかし、指向性があること、光を遮られると通信が止まってしまうことなどから、TV視聴時のように、じっと同じ方向を向いて座っているような使い方に限られてしまいます。TVやDVDなどを鑑賞する場合はこれでもOKですがヘッドホンで音楽を聴く場合はそういうわけにはゆきません。また、音楽を聴きながら何かの動作をする場合にコードがうっとうしくて邪魔になるからワイヤレス(コードレス)ヘッドホンが欲しくなるわけですから、赤外線によるワイヤレスヘッドホンは「音楽を聴く」ためには適さないということになります。また、当時の主流はアナログ変調でしたのでノイズを拾いやすく、音質的にもオーディオ用の中高級ヘッドホンと比べてどうかなと思えましたので、「赤外線方式」は選択肢から外しました。

 そうなると、いわゆる無線の技術の中から捜すことになります。簡単なのは昔、Videoゲームなどで使用されていたUHF送信機(TVの空きチャンネルにゲームの画像や音声を飛ばしていたのを思い出してください)やFMのワイヤレスマイク用送信機です。受信側もFMラジオ用のICを流用すればできないことはありませんが、なんせFM波ですので1/2波長でも160cmくらいあり、アンテナが大変です。ミニコンポなどを購入すると同梱されているFM簡易アンテナ(300ΩのTVアンテナ用フィーダ線で作られたT型のアンテナです)をご存知の方はアンテナの大きさを実感できると思います。相手が放送局なら、電波の出力も強力で周波数のふらつきもありませんので、まだいいほうですが、USBポートに接続する小さな送信機と、ヘッドホンに内蔵させる受信機、しかもロッドアンテナなどの大げさなアンテナなしではそううまくはゆきません。iPod用の車載・FMトランスミッタをご使用中の方はおわかりだと思いますが、室内を受信側が動きまわったりするともう安定した受信は無理です。また、ノイズや音質面でも感心しませんので、これも選択肢から外しました。

 次は35MHzや900MHzなどのコードレスホン用の送受信ICを流用することを検討しました。実際にこれらの周波数帯域を使用したStereoヘッドホンがUSA国内では家電量販店で販売されていました。しかもFry’sというシリコンバレーの有名な量販店ではUS$39.99という価格です。これはUSBではなく、アナログ入力(TVのヘッドホン出力に接続する)で簡単に使用することはできますが、音質はコードレスホンなみで、しかも受信側(コードレスホンの親機)にロッドアンテナなどが必要だったりするので断念しました。日本国内では電波法の問題もあります。日本国内でも家庭用のコードレスホンが普及していますので、頑張ればStereoヘッドホンも作れたかもしれませんが、音質面では無理があると思います。Skype用のコードレスホンなどは実用化されると、PCの前にへばりついていなくともよいので便利かも知れません。

 結局、PCとの親和性を考えると、Wi-FiやBluetoothなどで使用されている2.4GHzのRFテクノロジーを使用するのが音楽のデジタル伝送には一番よさそうということになり、使えそうなものを探すことにしました。シリコンバレーでいろいろ情報収集を開始すると、同じようなことを考えている人や会社が結構ありました。しかし、ほとんどがMP3のファイル転送や、シリアルブロック転送プロトコルをベースに考えていて、IEEE1394のIsochrounous転送のようにオーディオ Streamを流せるものは現実にはありませんでした。MP3のファイル転送ベースでワイヤレスヘッドホンを使用すると、ヘッドホン側で下手をすれば1曲まるまるバッファリングしなければならなくなる可能性がります。しかも、遅れがとても大きくなり、音楽を聴くだけならともかくDVDなどの観賞用としては「クチパク」がひどくて使えません。

 RF部に関してはWi-Fiと同じDS方式、Bluetoothでも使用されているSS方式のどちらでも良かったのですが、消費電力の関係でSS+FH方式を選択しました。とにかく、試作してみないと話にならないということでいろいろ探していると、RF+BB+マイコン+MP3デコーダ+DAC+アンプ+バッファRAM+フラッシュメモリという構成でハードウェアを試作して、「クチパク」はソフトウェアで頑張って目立たなくするということを実験している人(博士号を持っていました)に出会いました。何かの展示会で、私がRF関係の半導体メーカーのブースで質問したのち、そこから立ち去ろうとすると後ろから近づいてきて、やおらジャンパのポケットから試作品を取り出して説明をし始めました。まるで麻薬の売人みたいですが、「同好のよしみ」ですっかり仲良くなりました。その試作品でいろいろ実験を行ったり、日本に持ち帰って有名スピーカーメーカーの人にも見せたりしながら、改良タイプを何セットか作ろう(なんせ、試作品は彼の手作りの1セットしかありませんでした)と計画を練っていました。その後、他の展示会でも彼は同じような方法でゲリラ的にいろんな人に試作品を見せていたようですが、新しいスポンサーが見つかったのか、彼とは連絡が取れなくなってしまいました。彼は、私達が今もずっとワイヤレス オーディオ機器の開発を続けていることを知っているのでしょうか。そこで、今度は私達だけで試作品をつくろうと計画を変更しました。

 ワイヤレスヘッドホンに最適な半導体を探す旅はまだまだこの後も続くことになります。

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