#32 USB Audioについて (その1)

 2月25日以来、約300日近くお休みをいただきました。HDMIを忘れてしまった訳ではありませんが、今回から今が旬(?)のUSBオーディオについていろいろ記載してゆきたいと思います。休ませていただいている間に(10月の半ば頃)USB オーディオに関するご質問をYHさんからいただいていますので、この連載のなかで紹介、回答させていただきたいと思います。

 私たちが細々と続けていたPCオーディオも最近はオーディオ誌が特集を組んだりするようになり、パソコンユーザーだけではなくオーディオマニアの人たちからも注目されるようになりました。24bit/96kHzや24bit/88kHzの高サンプリングレートの音楽ソースが簡単に入手できるようになり、それらを再生するためにPCオーディオやネットワークオーディオを使用しなければならなくなったという背景もあると思われます。
 
20091216a_s  PCオーディオの場合、パソコンで管理している音楽をもっとも簡単に取りだす方法がUSBオーディオであるということは事実です。特別なデバイスドライバーなどをインストールする必要もなく、LANの設定などを行わなくともUSB DACやトランスポートを接続するだけで音が出せますのでパソコンに詳しくない人達でも簡単に使用できるという便利さがあります。ただし、現時点ではUSBから24bit/96kHzなどの高サンプリングレートの音楽を出力させるためにはMedia PlayerやQuickTime Playerなどで24bit/96kHzや24bit/88.2kHzを扱えるように設定する必要がありますが、LANの設定に比べれば簡単で間違えてもLAN全体やWebブラウザなどに影響を与える恐れはありません。ネットワークオーディオの場合はLANの設定が必要なのと、外出時でもサーバーの音楽が取り出せるというのは著作権保護の観点からとても危険です。Winnyなどで簡単に音楽ファイルが取りだされてしまう恐れもあります。USBオーディオでもパソコンにネット経由で侵入されれば同じことですので、外部侵入に対するセキュリティ対策には気をつけておくべきと思います。DRM(デジタル著作権保護)の有無に関係なく、音楽CDをリッピングして作成したファイルの取り扱いに注意するのがPCオーディオを楽しむ上での最低限のマナーだと思います。

 USBオーディオが一般的になってくるのはUSBの開発に15年以上(USB1.0として公開される前から)かかわって来た身としては嬉しいことですが、霊感商法や催眠商法と紙一重のケーブル商売や制振グッズ商売などがUSBオーディオの周囲にも登場し、しかももっともらしい理論付けをしているのを目の当たりにするのは、あまり嬉しくありません。また、USBやパソコン関連と言うだけで「どうせパソコン屋が雑に中国あたりで作ったものだ」と軽蔑する人達もいます。確かにUSBインターフェイスなどは、時間と労力、開発費用をかけて開発して世に出しても、半年もすれば設計データをタダで入手し基板を中国で作って販売する会社が現れ、価格が1/5から1/10になってしまいます。時間と労力、費用をつぎ込んで開発している身としては、そのような商品が出回ることに対してやりきれませんが、パソコン関連メーカーのUSB製品すべてがそうではないということは認識していただかないと困ります。

20091216b_s  USB DACとしてよく採用されているPCM2704も10年くらい前に日本バーブラウンの人達の努力によって開発されたものです。当時私たちの会社はUSB2.0のホストアダプター(CardBusカードやPCIボード)を開発・販売していましたので、USAで年に4回開催されるUSB Compliance Work Shopと呼ばれる催しにSuite(試験室)を持っていました。そこにはいろいろなUSB機器を開発している人達が開発中の製品や試作品を持ってやってきます。そこで私たちのホストアダプターと接続して正しく設計どおりに機器やデバイスドライバーが動作するかということをお互いにMicrosoftやintel、Appleなどのエンジニアを交えて確認を行います。PCM2704の場合、日本バーブラウンの人がいつも日本から出張されてきて、相互接続試験や互換性試験のために私たちのSuite(試験室)に来られていました。その人達の努力のお陰でPCM2704が商品化されパソコンやUSBの仕組み、ソフトウェアやハードウェアについて何も知らなくともデータシートに記載されているとおりに、いくつかの受動部品(CR)を接続してUSBポートに接続すれば音がでるというわけです。そのためかどうか知りませんがUSBやWindows、MacOSなどに詳しくないオーディオメーカーなどがPCM2704を採用しているようですが、USBの信号線の処理などがメチャクチャで信号品質が基準外のようなものがあったりして、お手軽に作っているとしか思えないようなものも見かけます。その上、USBオーディオの伝送などについて珍説を披歴していたり、「CDを超えた」と大きく豪語していたりします。何も知らずにものを作っているのでケーブルや振動対策で音質向上を図る以外の術がないと思いますが、そんなに簡単にCDの音質を超えられるとは思えません。CDはUSBより10年以上の長い歴史があり、多くの人達がいい音を出すために努力を積み重ねてきたはずです。もちろんCDという方式にはいろんな問題や限界があり、ある部分に関してはPCオーディオ、USBオーディオの方が優れていることもあります。しかしPCオーディオとUSBオーディオにもいろいろ問題があり、中には致命的とさえ言えるものもあります。正しい知識に基づく検証や改良が行われないままでは「超えられてしまったCD」やCDの開発にかかわってきた人達だって堪らないと思います。また、USBオーディオやPCオーディオも進歩がないと思います。

Ral2496ut1_s  私たちのPCオーディオの「いい音」の基準はとてもシンプルです。開発作業中には澤野工房から発売されているトヌーナイソーのアルバムをよく聴いています。7月28日に「なにわの日Jazzコンサート」というのが大阪市浪速区の通天閣の展望ホールで行われ、トヌーナイソー本人がやってきました。通天閣の展望ホールですので、鉄骨があちこちにあって音響効果など良いわけがありませんし、ピアノもベーゼンドルファーではなく人力で階段を担ぎあげたYAMAHAです。トヌーの前に大石学さんが演奏されましたが、弾く人によって同じピアノから全く違った表情の音が出ることに感心しました。そしてトヌーが背中を丸めて最初のピアノタッチの瞬間に出る「コロッコロッ」としたトヌーの人柄そのもののような音を生で聴くことができました。その時に、今までUSB DACの開発中に聴いていた音を思い出し「こりゃあかん、あんな音出してたらトヌー泣きそうや」と恥じ入りました。トヌーを泣かせないような音を出すこと、それが目下のUSB DACの開発の「いい音」の基準であり、演奏者が表現したいことをきちんと伝えられるようなUSBオーディオインターフェイスをつくるのが当面の目標です。もし、それを実現するのにUSBオーディオよりもっといい手段があれば開発テーマをそちらに移すことになると思います。

 前置きが長くなりましたが、本連載ではUSBオーディオの仕組みや問題点などについて説明してゆきたいと思います。例によって、測定データなどを示しながら行いますのでいつ連載が終わるのかわかりませんが続けてゆきたいと思います。

 P.S.)カット写真は、USBオーディオの最近の実験基板類や、最近発売したRAL-2496UT1の基板です。

#32 USB Audioについて (その1)」への2件のコメント

  1. はじめまして藤本健のDigital Audio Laboratoryから飛んできました。
    音楽をやっている先輩やProCableの思想に触発され何がピュアなのかわからないオーディオの世界に可能性を見出せず、スタジオユースやDTM機材を利用したリスニングDTMシステム構築に走った者です。
    考え方は単純で、CD製作現場で使われる機材と同系統の機材を使用すればCDにこめられた音をレスポンスよく表現できるのではないかということです。
    実際家電量販店と楽器屋で聞き比べましたが楽器屋のほうがはるかに解像度も高く「音楽的」でした。
    RMEのエンジニアが言った「正確な音を目指して開発しています」
    やGenelec創始者への質問に対し「パワード・スピーカーである効用は?」
    という質問に「皆さんは車を買う時、エンジンを別に買いますか?」という発言等ありましたが、これもまたDTM機材の使用という決意を固めるものでありました。
    オーディオ製品を作るのはエンジニアであり、音楽家ではありません。
    生の楽器や音楽に実際に触れるオーディオ愛好家はそんなに多くないのではないでしょうか??
    自分自身がそうですので、懐はやせてるが耳の肥えたバンドマンが納得し使用する機材がおいてある楽器屋のほうがいいと判断しました。
    現在はRME HDSPe AIO+AKG K702で機材構築最終調整を行いながらTANNOY Precision 8Dというスタジオモニター導入を決めています。
    同じPCオーディオでも攻める点が違うかとは思いますが、
    1.自社製品とRMEやMOTU、APOGEE、デジデザインなどのオーディオインターフェースとの比較や
    2.DTM機材ではFireWire(IEEE1394)がいまだ主流であるのにもかかわらずUSBを使用されるメリットやデメリット、
    3.HDSPeAIOのような内蔵型に対してどのように思われるか、開発は検討されることがあるのか、
    4.新しくなったUSB3.0をいかように思われるかなど
    お時間ありましたら考察いただければと思います。
    長々と書かせていただきましたが大変勝手ながらよろしくお願いします。

  2. 秦璃様
     コメントありがとうございます。ご質問の件、本文よりは個別に回答するほうがよいように思われますのでコメントへの返信とさせていただきます。ご質問番号順に以下をご覧下さい。
    1.当社の製品はPC用インターフェイスですのでDTM用の製品とは比較をしておりません。USB-Audioとして見た場合、本文でも触れましたがPCM270xやTenorを採用した場合、PCのH/WもSoftwareも何も知らなくとも、何もしなくとも参考回路どおりに組み立てれば音がでて製品として販売することができます。一方、DTM製品は単なるデータの再生以外にサンプリングや録音、Mixingなど複雑なリアルタイム処理を実装しなければならないのでSoftware,H/Wの開発技術力が要求されます。AyerやBellCantなどのTAS1020Bを採用しているUSB-AudioのメーカはDTM関係の開発をしているSoftware HouseにSoftwareの開発を外注しているようです。したがって、DTM機器の方がきちんUSBを理解してつくられていると思います。再生される音はご自身でご判断して下さい。
    2.当社の製品はPC用インターフェイスですので一般のPCユーザが手軽に使用できるようにUSBを採用しています。FireWire(IEEE1394)製品は1998年以来今日もまだ販売を続けていますが、PC_Audio用の製品は開発する予定はありません。
    3.あまりPCになじんでいないAudioマニアの皆さんが手軽に使用できるような製品ということを考えるとPCIeタイプの製品は不適当と考えています。
    4.USB 3.0対応製品は既に発売済ですが、Audio用としては特に考えておりません。5GbpsでAudioデータパケットを送ったところで、私たちの耳で聞こえるようにするためには適当な周波数でDA変換する必要があります。単にPacketが届くのが早いというだけのメリットしかないと思います。4k-2Kの映像と16chくらいの音声を送るのであれば意味があると思います。それよりもEMI(不要輻射)ノイズがパワーアンプなどのアナログ部に飛び込んで悪いことをすることの方が心配です。

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